デライトデザイン

ワクワクする製品を1DCAEの考え方に則ってデザインするデライトデザインに関して、その方法、そのための各種手法、適用事例を紹介します。

デライトデザインとは

ものづくりにおいて設計と生産は車の両輪です。設計はものづくりの方向を決める前輪であり、生産はものづくりを加速する後輪ともいえます。ものづくりの規模が小さく、複雑でなかった時代は設計と生産は一体となり、いわゆるものづくりが行われていました。このような時代においてはものづくりを行う技術者の能力にものづくりの良否は大きく影響していました。その後、人の生活を豊かにする人工物が大量生産技術の向上とともに世の中に充足してくるとともにものづくりの研究、技術も飛躍的に向上しました。この時期において、特に日本の生産技術は世界をリードしていました。また、設計においても日本発のオリジナル製品が創出されました。1950 年代から1980 年代まではこのような人工物が世界の人類の生活を物質的に豊かにした時代と言えます。主に1950年代以降のものづくりの変遷を示します。

1990 年代以降は人工物の充足とともに環境問題も加わり、ものづくりは新たな局面を迎えます。物質的に充足した状態で精神的な充足を目的としたものづくりが始まりました。これにはインターネットをはじめとするIT 技術の進化も連動しています。また、製品の形態も1980年代まではメカを中心とした人工物が主体でしたが、1990 年代以降は最終形態としてはメカであるが実態はメカという衣装をまとったメカエレキソフト融合製品が主体となりました。これにともないものづくりも大きく変化、これに追従できない企業は衰退、設計研究においても多様化が進んでいます。このような背景のもと、大量生産技術に機軸を置いた日本のものづくりは相対的に弱体化の兆候を示すようになりました。

ものづくりの変遷はヒット商品の変遷を示しているともいえます。ここで象徴的なのは2000年以降、ヒット商品(ワクワクするもの)が激減していることです。何を持ってヒット商品と考えるかは年代によっても異なると考えますが、最近の学生に聞いてみてものへの執着が昔の世代(団塊の世代の直後)に比べて格段に減少しています。この理由は上述のように物質的な豊かさが行き渡っていることを意味しており、これはこれで結構なことではあります。一方でものづくりの視点に立つならば、違った視点でのものづくりが必要になってきていることを意味します。すなわち、”物質的な豊かさ”から”精神的な豊かさ”にひとの欲求がシフトしていると考えられます。”精神的な豊かさ”を具現化するものづくり、心を豊かにするものづくりをデライトデザインと呼ぶことにします。

ここで”心を豊かさにするものづくり”について考えて見たいと思います。心を豊かにするものづくりと言っても、その定義は難しいです。心を豊かにするものとこれをつくるためのものづくりがあります。ものは顧客のためのものであり、ものづくりはそれを提供する側の手段です。心を豊かにするものづくりのためには、もの自体が顧客の心を豊かにするだけでなく、ものづくりも心豊かに行われる必要があります。ここでは、ものの豊かさ、こころの豊かさの関係について触れるとともに、こころの豊かさを提供するための手段である“ものづくり”の考え方を紹介します。こころの豊かさを提供するものづくりを実現するには、“作る”(設計)から“創る”(デザイン)へと“ものづくり”を行う側も発想の転換を図る必要があります。

ものの豊かさとこころの豊かさには何らかの関係が存在します。横軸に“もの”の豊かさ(物質的充足度)、縦軸に“こころ”の豊かさ(精神的満足度)をとって両者の関係を示します。一般には“もの”が充足するに伴って、こころも満足いていく。これがものとこころのバランスが取れた状態です。これは狩野モデルで言うところの性能品質に相当します。しかしながら、ものの供給が過剰な状態になると、ものとこころの線形的な関係が崩れて、ものとこころのバランスが崩れた状態になります。一方、こころがものに優先した状態が存在します。ものはそれほど充足していなくても、こころが満足している状態です。この状態は魅力品質に相当します。ものとこころのバランスが取れた状態を目指すのが従来型のものづくりとすると、こころがものに優先した状態を目指すのが心を豊かにするものづくりと考えられます。

“もの”が与える“こころ”の豊かさの時間的変化を、横軸に時間、縦軸にこころの豊かさ(精神的満足度)を取って、3つのものについて示します。第1の“もの”(①)は最初が一番こころの豊かさが大きく時間の経過とともに、満足度が低下していく場合です。これは、ものは購入した最初は一番見た目も綺麗であり、その結果このような傾向を示すのは理解できますが、必ずしもものづくりが適切に行われたとは言えません。ものづくりが表層的に行われていることを示します。第2の“もの”(②)は購入してからじわじわとこころの豊かさが増大し、ある時期、最大値を示し、その後緩やかに減少していく場合です。使って見なければ分からない価値がものに包含されている場合、この様な変遷を経ます。ある種の文房具がこれに相当します。これは一般的な“ひと”と“ひと”の関係に通じます。第3の“もの”(③)は時間とともにこころの豊かさが増大していく場合であす。古くなればなるほど価値が出る芸術作品がこれに相当します。“ひと”と“ひと”の関係においても理想形です。こころを豊かにするものづくりは、こころの豊かな状態を演出するためのものづくりです。3つのパターンのどれを目指すかはものによって異なってきますが、第2の“もの”が心を豊かにするものづくりの目標と考えられます。

こころの豊かさはどのように演出されるのでしょうか。“こころ”の豊かさを量的な指標、質的な指標との関係で説明します。横軸は、量的指標で、軽量化、小型化、高性能化といった数値で表現可能なものの状態で、ものづくりの側に重きがあります。縦軸は、質的指標で持ちやすい、使いやすい、心地よいといったものの状態でものを使う側に重きがあります。ものをつくる側もものを使う側の要求を配慮して、数値目標を設定していますが、結果としてものをつくる側の独りよがりになっている場合が少なくなく、こころの豊かさと量的指標、質的指標との関係は図4 に示すようになります。心を豊かにするものづくりには質的指標をいかに取り入れるかが重要であることがわかります。

心を豊かにするものづくりのためには、“作る”(設計)から“創る”(デザイン)へと発想の転換を図る必要があります。“作る”(設計)とは与えられた仕様に基づいて作り込んでいく行為です。これはごく一般のものづくりの方法です。しかしながら、“ひと”と“もの”との関係が密接な状態にある場合には、限界があります。横軸の量的指標が“作る”(設計)ための仕様に相当します。一方、“創る”(デザイン)とは仕様そのものを定義し、その仕様をものに創りこんでいく一連の行為を示します。縦軸の質的指標(この段階では曖昧な状態)を仕様に落とし込み、ものに創り込んで行くのです。軽量化という目的のために、1kgという量的指標を設定し、これを1gでも切るように頑張るのが設計、軽量化の目的を持ちやすいという質的指標に置き換え、あるべき形状、重さを設定、これを実現するプロセスがデザインです。

ここで、創る(デザイン)ひとを“創り手”と呼ぶことにし、使う側を“使い手”と呼ぶことにします。創り手 と使い手の理想的な関係を示します。心の豊かな創り手が、心を豊かにするものを使い手に提供、これにより、心の豊かな使い手が生まれ、これがさらに心の豊かな創り手を生むという相乗効果により、心の豊かなものづくりが形成されます。心の豊かな創り手を生むために、設計からデザインへ思考の転換を図る必要です。デザインとは、使う側の視点に立ってものづくりを行うと言うごく当たり前のことですが、実際は、「言うは易し、行うは難し」です。

心を豊かにするものづくりのための方法はいくつかあると考えます。一つは発想支援の方法を研究し、実践することです。このためには必ずしも学問的方法でなくとも、実践的方法でも良いと考えます。最近、米国でこのための方法論が生まれ、多くの国内企業も注目しています。しかしながら、このような方法は文化の異なる国での成功事例であり、これを否定するわけではありませんが、日本にはもっと日本の資質にあったものづくりの方法があると考えます。

日本のものづくりの特徴は“擦り合わせ”という言葉で表現されます。阿吽の呼吸とも言えます。うまく機能すれば効率的であり、思わぬ成果を生み出します。最近、“擦り合わせ”が機能しなくなっている背景には、ものづくりの分野でのIT化の影響が無視できません。IT化ありきではなく、“擦り合わせ”ものづくりの仕組みにうまくIT技術を取り込んでいく発想が必要です。このためには欧米発のITものづくり技術だけでは不十分なのは当然のことです。

心を豊かにするものづくりのためには、“擦り合わせ”がキーワードと考えますが、これはひとの重要性を意味します。すでに述べたように、心を豊かにするものは、心の豊かな創り手からのみ生まれると言っても過言ではありません。ということは心の豊かな創り手を生み出すことが心を豊かにするものづくりのため唯一の方法です。ただ、心の豊かな創り手は作ろうと思ってできるものでもなく、すべてのひとがそのようになることもできません。しかしながら、日本にはこのような創り手が多く潜在しているように思います。このような創り手を発掘し、彼らをコアにものづくりの環境を構築していくことは可能と考えます。

デライトデザインとは、以上述べたような背景のもと、心を豊かにする(琴線に触れる)もの・ことを(工学的に)生み出すための考え方、方法です。

デライトデザインの方法

デライトデザインでは製品の何をデライトの対象とするのかという検討から入ります。場合によっては製品自体がデライトの対象となる場合もあります。また、デライトデザインでは設計段階で製品の性能確認ばかりでなく、デライト性の検証を行うことを目指します。

従来の設計のうち、性能設計の例を示します。製品単体で計測可能な数値で製品の仕様(価値)を決定し、この実現を目指します。例えば、製品音の場合、XXdB以下と仕様で規定、これを満足していれば製品として成立します。この仕様が顧客の要望と合致していれば問題ありませんがそうでない場合には独りよがりの仕様となってしまいます。また、顧客の要望が単なる要望で表現できない場際には対応できません。例えば、ドライヤの場合には、騒音レベル以外に、風量:aa m3/min、温度:bb ℃、重量:cc gram、電力:dd watt、電圧:ee V、イオン:あり/なし等が性能品質の仕様となります。

従来の設計のうち、感性工学の例を示します。製品に対するひとの感じ方(感性、五感)を直接評価します。感性を定量化するための手法そのものが感性工学の中心となります。一方で、感性工学で得られた知見を元に人の行為としてデザイン(設計)します。すなわち、ひとの嗜好は分析表現することは可能ですが、これを製品に対応づけるところは設計者(デザイナ)の能力に依存します。

一方、デライトデザインでは通常の製品仕様(性能品質)に加えて、ひとにとっての魅力度(感性品質)を考慮して設計します。デライト価値を定義してこれを製品に落とし込む設計プロセスで、ひと-知覚-物理特性-製品 の関係を可能な限り理解、定式化、モデル化して解析可能とし、最終的に数値化することにより、ひとの嗜好と製品の関係を数値として表現可能とすることを目指します。心地よい音のするドライヤを開発する場合、どのような音がひとにとって心地よいのかをドライヤの音を単なる音圧としてだけでなく、ひとがドライヤの音をどのように知覚して、どのように感じているかを解析分析します。これにより、ひとの嗜好と製品の関係を数値することが可能となります。

デライトデザインはデライトの創成、デライトの定義、デライトの実現、デライトの生産の4つに分けることができます。

デライトの創成

デライトの創成ではデライトそのものを考えます。デライトの創成を支援する手法は存在しますがデライトそのものを創出するのは設計者その人です。従って、出てくるデライトの質は設計者の質によって大きく依存します。ただ、設計者の質とは言っても先天的なものもあれば、努力によって醸成される部分も多いものです。世の中が大きく変動する現代においては、単なるネット情報ではない正しい情報をいち早く入手し、種々の状況を勘案してデライトを創出することが重要です。そして、何より大切なことはデライトなものを創出したいという想いです。いくら優秀な設計者であっても、デライトなものを創出したいという想いがないとでライトなものは決して生まれません。デライトデザインはデライトなものを創出したいという想いのある設計者を広く支援する考え方・手法です。

デライトの定義

デライトの定義では創出されたデライトを設計可能な形式で定義します。すなわち、ひと-知覚-物理特性-製品 の関係を表現します。一般にはものが発する物理量(音、振動、形、性能、色、コスト、等)をひとの知覚量(煩い、大きい、丸い、暗い、高い、等)である感性指標に変換、さらにひとの感じ方(魅力的、かっこいい、等)である魅力指標に対応づけます。これらにより、魅力指標、感性指標、物理量の関係が明らかになります。この関係を”デライトのものさし”として指標化します。以上述べたようにもの→物理特性→知覚→ひと の手順で評価することが多いですが、逆に ひと→知覚→物理特性→製品 の手順で行うことも可能でこの手順で行った方がより革新的な製品が生まれる可能性があります。ただ、この場合、一種の逆問題を解くことになります。これは1DCAEにおいて、3D→1Dは比較的容易ですが、1D→3Dが困難であるのと同じです。

デライトの実現

デライトの実現ではデライトのものさしにより定義されたデライトを1DCAEの考え方に基づいて設計します(デライトを具現化する)。デライトのものさし上に設定した目標とするデライトをひとレベル(心地よい)、知覚レベル(ラウドネスとシャープネスが小さい)、物理レベル(音を周波数特性で見た場合、積分値が小さく、音の重心が程周波数域にある)と具体化し、最終的に物理レベルの要求を製品レベルの各部品に対応付け、デライト目標を製品として具現化します。この際、従来の製品の延長上に目標とすべきデライトが存在する場合もあればそうでない場合もあります。後者の場合には、デライト目標を具現化するために新たな部品の開発、また場合によっては製品の構成そのものを根本から変える必要があります。音のデザインのクリーナの例でいうとクリーナ自体の構成まで変えるほどの変更は必要ありませんでしたが、モータの支持方法を根本から見直し、全く新たな支持方法を採用しました。最近、身近になっているロボットクリーナはクリーナのデライトを根底から見直し、結果としてクリーナの構成をゼロから見直したものです。多くの製品は長い開発の中で取捨選択を繰り返し残ったものです。ということは多くのアイデアがこの間に生まれては消えて行っていることになります。しかしながら、消えて行ったアイデアの幾つかはその当時の技術では実現できなかっただけで、現在の技術であれば安価で容易に実現できる可能性があります。こう言ったことからもデライトの実現にあたっては現状の製品構成に捉われることなく、デライト目標を実現するための方策を多面的に検討することが重要です。

デライトの生産

デライトの生産では設計されたデライトを実体として具体化する。通常はプロトタイプを製作し、デライト目標の達成度合いの初期確認を行います。最近、急速に発展している3Dプリンタが威力を発揮します。また、生産方法においては過去の種々機種が参考となります。この際にはCT装置等を用いたリバース技術が効果的です。

クリーナの音のデライトデザインを例に、デライトの創成、デライトの定義、デライトの実現、デライトの生産のイメージを示します。デライトの創成では世の中のニーズも参考に夜家事対応の“心地よい音のクリーナ”を設定、デライトの定義では心地よい音をデライトのものさし(音のものさし)によりデライト目標を設定、音計測技術、音解析技術等を用いてデライト目標をするための新しい構造を提案、これによりデライトの実現、そしてデライトの生産と繋げています。

デライトデザインのための各種手法

デライトデザインのための手法の全体像を示します。横軸にデライトデザインのプロセスを示します。デライトデザインに関しては、デライトの創成、デライトの定義、デライトの実現、デライトの生産というプロセスで説明したが、ここでは手法の視点から特に、デライトの創成とデライトの定義を探索、分析、評価、可視化と違った方向から若干細く分類しました。デライトの実現とデライトの生産に関してはその結果を表現することに着目して、可視化の手法として含めています。また、縦軸には手法そのものと、手法を使用する上で参考となるデータベース(DB)、そして手法とDBを運用するためのプラットフォームに分類しました。ここではこのうち、手法に着目する。手法に関してはその適用目的から発想支援型手法と問題解決型手法に分類、これを上下の両軸としました。世の中に存在する全ての手法を網羅しているわけでもありませんし、デライトデザインの際にこれら手法をすべて使用する訳でもありません。目的に応じて適材適所で使用するのが手法です。このためには手法の目的とできること/できないことを知っておくことが必要と思います。

手法の適用シナリオと主要手法の関係

デライトの創成、デライトの定義に適用可能な手法の間には図のような関係があります。デライトデザインを始める上で重要なのは誰が顧客かを認識することです。このための手法が顧客価値連鎖解析(CVCA)です。CVCAで顧客を特定した後、顧客が具体的にどのような製品を欲しているのかを潜在的ニーズも含めて評価グリッド法で抽出します。この時点で顧客のニーズが言葉として定義できます。顧客のニーズはいわゆる価値であり、これを起点にWFSマップで機能、構造に展開します。価値→機能→構造は自動的に展開できるわけでなく、設計者としての経験、資質によるところが大きいのも事実です。ここでうまくアイデア(機能→構造)が創出できない場合はラフ集合を適用するとヒントを得られる場合があります。WFSマップの結果を用いて品質機能展開(QFD)により、価値とコストの関係を明らかにし、各部品に関してコストをかけている割に価値が低くないか、逆に価値が高いのにコストのかけ方が少なくないかチェックし、問題がある場合には対策を講じることになります。一方、評価グリッド法で抽出した言葉を評価語として官能評価手法により顧客の感じ方を取得、統計的手法により分析する。同様に製品から顧客の感じ方に対応していると考えられる物理量を取得、統計的手法により顧客の感じ方との相関分析を行い、最終的に製品マップを求めます。製品マップにはQFDから導出されたコスト情報も活用します。製品マップの一つの形態がデライトのものさしになります。すなわち、製品マップはデライト、マスト、ベターに関する製品情報を顧客の潜在情報の視点から可視化したものになります。

CVCAはデライト設計の起点でかつ最も重要な手順であるにも関わらず、最も認知度が低い手法である。これは手法とは言ってもちゃんとしたツールがあるわけでもなく、どこからどう進めたらいいか分からないという日本人の受動的体質に合致していないからと言える。しかし、CVCAはごく自然な手法であり特にツールを必要とすることもない。要は顧客は誰なのかを具体的にかつ想像を膨らませて実施することが肝要である。この考え方を絵にするのがCVCAという手法である。主人公を仮想的に見立て(ペルソナ)シナリオを展開していくペルソナ手法の延長とも言える。

顧客価値連鎖解析(CVCA)

主人公はドライヤ開発製造会社とします。顧客が欲しくなるドライヤを開発して市場に出したいと常に考えているところです。すでにある程度の市場を形成している場合には、量販店を通して最終顧客に製品を提供、顧客の声は通常は苦情という形で直接反映されます。一方、市場に認知されていない場合は量販店を通しての製品の提供は困難です。この場合は、例えば通販店を通しての提供となります。顧客は雑誌、テレビ放送を通して製品の情報を知ることができます。この場合、リアルに製品に触れることができないという問題があります。そこで、多くの顧客が宿泊するホテルにサンプルとして製品を置いて貰うことが考えられます。ここで製品の良さに感銘を受けたホテル宿泊者は後日、量販店に行って当該製品を求めに行くことが考えられます。しかし、量販店には当然置いていないので、量販店の担当者はドライヤ開発製造会社に問合せて製品を取り寄せて顧客に提供します。これらの状況を絵にしたのCVCAです。

評価グリッド法

評価グリッド法は顧客の潜在的な要求をインタビューにより顕在化していく方法です。CVCA同様に手法とは言っても特殊なツールが存在する訳ではありません。一般的な評価グリッド法の手順を説明します。ここでもドライヤを対象とします。最初に入手可能なドライヤを複数個準備します。この際、見た目、機能、値段等できるだけ広範囲にバラついた製品を選ぶと良いでしょう。ここでは3機種のドライヤを選定します。次にドライヤを日常的に使用している被験者を複数人選び、個別に3機種のドライヤを使用して貰い、好きな順に番号をつけて貰います。その結果、B, A, Cの順に好きだったとします。次にランキングが近い2機種、この場合はBとA、 AとCを比較して貰い、それぞれに関してなぜ好ましいと感じたのか(逆に嫌いと感じたのか)を尋ねます。これらから出てきた結果を”オリジナル評価”と言います。各オリジナル評価に対してxxだとどうしていいのか(ラダーアップ)、xxであるためにはどうしたらいいか(ラダーダウン)を尋ねます。これらをネットワーク図として可視化し、最終的には価値・機能・構造マップなどに整理します。

品質機能展開(QFD)

QFD (Quality Functional Deployment))は顧客の声(VOC)(価値)を起点に機能、部品(構造)に展開、具体的に数値化する手法です。また、表計算ソフトを用いてツール化することができます。最初に、顧客の声を機能に展開します。ドライヤを例に一般的な顧客の声を左欄に上げています。この中から目指すべきドライヤ(これは設計者が決める)に応じて重み付けを行います。ここでは、早く乾いて、持ち易いドライヤを目指すことにし、9点としました。一方、携帯性、操作性は重視せず1点に、その他は3点としました。点数の付け方は各自の判断に任されますが、一般には結果にメリハリをつける意味で、◎を9点、◯を3点、△を1点、Xを0点とするのがいいと言われています。次に工学的指標(機能)を上欄に上げています。流量、大きさ、重量等が相当します。ここで顧客の声と機能の関係の強さを、重み付けと同様に9点、3点、1点、0点(0点はブランクで表示)で表現します。例えば、“早く乾く”という顧客の声に対しては、機能としては“流量”と“空気温度”が強く関係しますのでこの2項目が9点となります。以下、同様に顧客の声と機能のマトリクスからなるマス目を数値で埋めていきます。次に機能の各項目に対して顧客の声の重み付けを換算して積算値を求めます。例えば、流量という機能に関しては、9×9+3×1+9×0+3×3+3×1+3×0+1×0+1×0 = 96 が積算値となります。他の機能に関しても同様の方法で積算値を求めます。最後に、各機能の積算値の合計が1となるように正規化すます。これが最下段の正規化の値となります。これが目標とするドライヤの機能の重み付けを表現していることになります。上記以外に顧客の声の視点から見た他のメーカ製品とのベンチマーク、機能の視点から見たベンチマークを併記しています。これらの情報により相対的な自社の製品の立ち位置が確認できます。また、合わせて機能の目標値も示しているます。

次に機能から部品(構造)への展開を行います。左欄には機能及びその重み付けのデータが転記されています。部品(構造)が上欄にリストアップされており、機能と部品との関係の強さを点数化、積算値を求め、正規化することにより、最終的に各部品の重要度が決定されます。この部品の重要度は、顧客の声→機能→部品のプロセスを経て算出されたのものであり、顧客の声を反映した部品の重要度となります。一方、部品のコスト(材料費、加工費、開発費)は算出可能であり、これを正規化して最下段の値が求まります。この部品の重要度(価値)とコストの関係がCost Wotrth解析です。

SD法と形容詞対の選定

SD法を行う際に形容詞対の選定は最も重要です。ここで選定ミスを行うといかに精緻な被験者実験を行っても欲しい情報には行き着きません。評価グリッド法では、顧客の潜在的要求を言葉として抽出し、この結果から形容詞対を選定しました。例えば、ドライヤという製品そのものを多面的に評価する場合には評価グリッド法は有効です。一方で、評価グリッド法で抽出された音、持ち易さ、見た目といった要因をさらに細く分析した場合には各項目に特化したより細かい形容詞対が必要となってきます。

統計的手法

デライトデザインではひとの感性を対象とします。ひとの感じ方は百人百様であり、ひとの感性データは何らかの処理をしないとデライトデザインには適用できません。ここで強力な武器となるのが統計的手法です。(統計的手法そのものについて詳しく知りたい読者は井上勝雄著の『エクセルによる調査分析入門』を参照ください) 感性に関する原データを用いて統計的手法の説明を行います。表は18機種のドライヤを実際に37名の被験者に使用してもらい、14形容詞対によるSD法に回答してもらった結果です。表の値は37名の平均値を示します。このまさにこの平均値が百人百様のひとの感性をマクロに知る統計的手法です。一般に、被験者をある領域(若い女性、年配の女性、ビジネスマン、学生等)に絞った場合には10数名以上の被験者数であればその平均値はその領域のひとの感性を表現していると言われています。表の被験者数37名には男女、年齢差を含むため、比較的多い被験者数を設定しました。表には平均値のみ示しているが同時に分散も計算することにより、当該製品に対する当該形容詞に対する被験者の感性のばらつきを知ることができます。分散が小さい場合には(この場合には)男女差、年齢差がないこと意味します。一方、分散が大きい場合には男女差、年齢差が大きい可能性があり、男女差の分析等より詳細な検討を行うことにより、さらに有益な結果が得られる可能性があります。デライトデザインで最もよく使用される統計的手法として主成分分析、因子分析、 重回帰分析、クラスタ分析があります。

主成分分析

主成分分析のイメージを示します。主成分分析は多次元のデータ空間(図では二次元空間のみ表示)を主軸に変換する方法です。簡単に説明すると、分散が最大となる軸を主成分1とし、これと直交する軸を主成分2とします。図ではfが第1主成分、fが第2主成分となります。データ空間が3次元以上の場合も同様に考えて計算します。

主成分分析の解析例を示します。ここではドライヤの印象評価語を14にしていますので理論上は14の主成分が存在します。ただ、実際にはひとの感じ方に寄与する寄与率の累積が95%であれば評価上十分です。主成分は固有ベクトルとして定義されます。第1主成分では収納性が良い、使いやすい、操作性が良いが高い値を示しており、第1主成分は『使いやすさ』に関する軸と考えることができます。また、第2主成分は高級感がある、装飾的な、新しいが高い値となっており、第2主成分は『見た目』に関する軸と考えられます。

因子分析

因子分析と主成分分析は一見よく似ていますが、主成分分析が機械的に定義、導出されるのに対して、因子分析の場合には知りたいことを仮定して因子を求める点が異なっています。イメージで書くと因子分析と主成分分析の違いは図のように表現することができます。すなわち、主成分分析はデータの詳細には触れず、あくまでも分散が最大の軸を第1主成分として順次、第2主成分以下求めていくのに対し、因子分析の場合にはデータの特徴を考慮して因子を算出していきます。因子分析の場合には、最初に計算したい因子の数を決める必要があります。この因子の数の設定によって結果は異なってきます。

主成分分析の第1主成分と第2主成分の散布図に比べて、因子分析の散布図の方がドライヤ評価語が各軸近くに散布していることが分かります。また、14の評価語が『高級感』、『操作性』という二つの大きな塊になっており、音、ドライヤらしさがこれら二つの塊とは離れていることが見て取れます。

重回帰分析

重回帰分析は、特定の変数(目的変数)を残りの変数(説明変数)の1次式で予測する方法です。ここでは例として、データから5種類の評価語を抽出、表に示すように、『高級感がある』を目的変数とし、残りの『質感が良い』、『使いやすい』、『性能が良い』、『音が良い』を説明変数として、重回帰分析を行ないます。高級感という言葉は高位の語であると考えられますのでこれをより低位の語で表現できないかというのがここで重回帰分析を行う背景にあります。

クラスタ分析

主成分分析、因子分析では結果を二次元の散布図にすることで可視化していました。これとは別にグラフによる方法で可視化する方法としてクラスタ分析があります。クラスタ分析には多くの手法があり、ここではそのうち、ウォード法を用いてドライヤの14の評価語をクラスタ分析した結果を示します。この図は一般に樹形図(デンドログラム)と呼ばれます。因子分析の結果と比較的似ていますが、細かく見ていくと、因子分析では無関係であった『音』と『質感』『性能』がクラスタ分析では同じクラスタになっており、さらにこれらが『ドライヤらしさ』とクラスタを構成しています。因子分析では、『音』と『ドライヤらしさ』は近くに存在しており、この理由は明確ではありませんでしたが、クラスタ分析の結果から、『質感』『性能』に合った『音』を付加することにより、『ドライヤらしさ』が生まれるという解釈も成り立ちます。

デライトデザインの事例